【歌詞解説】Creepy Nuts「通常回」|“いつも通り”こそ、人生最大のクライマックス

Creepy Nuts『通常回』の歌詞解説|毎日がクライマックスのように進む“日常”を描いた楽曲を象徴する画像 歌詞解説

「通常回」は、Creepy Nutsがこれまで歩んできた人生を、壮大なドラマではなく“日常の積み重ね”として描いた楽曲です。 タイトルが示す「通常回」は、本来“特別ではない回”を指す言葉。しかしこの曲で描かれるのは、

毎日がクライマックスで、最終回みたいなテンションで進んでいく日々。

仕事、ライブ、移動、出産、別れ──。 人生の大小の出来事が、毎日の「通常回」の中に自然に流れ込んでくる。 その“全部をごちゃまぜに抱えたまま、それでもいつも通りやる”感覚を、R-指定は驚くほど生々しく言葉にしています。

この記事では、「通常回」という言葉が持つ二重の意味と、 Creepy Nuts自身のリアルなエピソード(ANN激務期、東京ドーム公演など)と絡めながら、歌詞の世界を深く読み解いていきます。


🎬 1. 冒頭の呪文──毎日が“最終回のテンション”で進んでいく

毎日クライマックス最終回みたいな通常回

このフレーズは、曲中で何度も繰り返されます。 「通常回」という言葉は、本来はアニメやバラエティで使われる、“特別回ではないいつもの回”。

でもR-指定にとっては、“普通の日”なんて一日もなくて、毎日がクライマックスであり最終回みたいな本番なんですよね。

ライブ、収録、原稿、移動、打合せ……。 そこに、家族の出来事や大事な別れまで飛び込んでくる。

それでもスイッチを切り替えて、“いつも通り”やりきる。 このフレーズの反復は、張り詰めた日常を生きる人間の自己暗示のようにも聞こえます。


🎧 2. 運命の序章──14歳のR-指定を狂わせた一瞬

人生変えたんはあの日フラッと入った牛丼屋
有線で流れた衝撃 即走ったTSUTAYA
J-rap コーナー棚にズラリ並んだスーパースター
アンタらのおかげ狂った14歳

ここでは、R-指定の原点がシンプルに描かれています。 なんてことない牛丼屋。BGMとして流れていただけの一曲。

でも、その「なんてことない瞬間」が、とんでもない人生の分岐点になる。

  • フラッと入った牛丼屋
  • 有線で流れた一曲
  • 衝撃を受けてTSUTAYAへ走る
  • J-rapコーナーに並ぶスーパースターたち

全部が偶然に見えて、結果的には今のCreepy Nutsに直結している必然だったわけです。

「狂った14歳」という一言に、そこから先の人生を全部ラップに賭ける覚悟がにじんでいます。


📻 3. ばーちゃんの死とANN生放送──泣く暇もない“激務の通常回”

ばーちゃん見送ったその足で生放送オールナイト
あのラジオみたい サラッと逝きたいかも最終回

この2行には、当時のANN担当期の激務がストレートに刻まれています。

オールナイトニッポンのパーソナリティを務めていた頃、 Creepy Nutsは深夜帯とは思えない本数の仕事とライブを抱えていました。

  • 身内の訃報
  • 葬儀での見送り
  • その足でスタジオへ直行し、生放送のANN

本来なら立ち止まりたい場面でも、スケジュールは一切待ってくれません。 悲しみは確かにある。でも、放送は始まる。時間になるとオンエアは始まる。

「あのラジオみたい サラッと逝きたいかも最終回」というラインには、 自分たちが積み重ねてきた番組=ANNを人生の“縮図”として見ている視点が透けて見えます。

しんどいこともあるけど、淡々とやり切って、気づいたら静かに最終回を迎えていたい。 そんな“プロとしての理想像”まで感じられます。


⚰ 4. 岡山ライブから尼崎へ──友の死も“同じ一日の出来事”になる

岡山のライブ終わって向かった尼崎
友達の棺桶 手に残った重みが消えない

ここでも、「ライブ」と「葬儀」が同じ時間軸に並べられています。

岡山の現場では、おそらく全力でオーディエンスを沸かしている。 そのすぐ後に、尼崎で友の棺桶を支える。

ライブの熱量と、棺の重さ。 この両方を抱えたまま生きていくのが、R-指定の“通常回”です。

毎日がクライマックス最終回みたいな通常回というフレーズは、 「良いことだけがクライマックス」なのではなく、 別れや喪失も含めて、全部がクライマックス級の出来事として降り注いでくるということを意味しています。


👥 5. 背中に宿る“みんな”と歌う──出番10秒前に見える景色

やから会えなくなる前にちゃんと面と向かって言っときたい
愛し愛されてすれ違って離れてったお前
俺の背に宿る出番の10秒前

ステージに出る前、R-指定はいつも背中に“いろんな人”を感じています。

  • もう会えない人
  • どこかですれ違ってしまった人
  • 遠くに行ってしまった人
  • 過去の自分

出番10秒前、ステージ袖で深呼吸をしているとき、 そのすべての人が背中に宿っているような感覚になる。

いつも全員で歌ってる 俺を通り過ぎた人達と
全員で歌ってる もう二度と会えない人達と

ステージに立っているのは“今のR-指定”ですが、 その背後には無数の人生が重なっている。

「俺」は一人じゃなく、“関わってきた人の総体”としてマイクを握っている。 この感覚が、通常回をただのルーティンではなく“儀式”に近いものへと変えていきます。

Ain’t no 流行歌 Ain’t no 宗教家
ただ1人のラッパー 音の上にずっと居たい

流行や教祖ではなく、“ただのラッパー”として音の上に立ち続けたい。 ブレない軸がここにはっきりと刻まれています。


👶 6. 命の誕生も“通常回”に溶けていく

Yeah 家族が増えた日
Yeah もう1人増えた日
Yeah んでもう1人増えた日
きっと忘れない眺めていた分娩台

命の誕生は、本来なら“スペシャル回”のように扱われてもおかしくない出来事です。 にもかかわらず、この曲では淡々と“通常回”の連なりの中に置かれています。

それは、「特別だから特別扱いする」のではなく、 特別なことも含めて“毎日の中に抱えたまま生きる”というスタンスだから。

ANNの激務期も、友の死も、家族の誕生も、すべて同じラインに並んでいる。 ここに「通常回」という言葉の奥行きが滲みます。


🌍 7. 海外ツアーも、食の失敗も、“通常回”の一部

国内から国外飛び回る多忙な通常回
運転手さん飛ばして、どっちの空港か?
あぁ…こいつぁ間に合わん…もう過ぎてる集合時間

海外ライブ、フェス、撮影……。 国内外を飛び回るようになっても、Creepy Nutsの毎日はバタバタです。

台中の夜市で微妙な魯肉飯を引いてしまったり、 鼎泰豊でリベンジして「これ東京にもあるのかい…」と苦笑いしたり。

香港NY韓国どこに居たって通常回
ターンテーブルとマイク やる事は変わんない

ロケーションは変わる。規模もデカくなる。 でも本質は変わらない。

「ターンテーブルとマイク」さえあれば、それがどこであっても“通常回”。

世界を飛び回っても、「いつも通りやるだけ」という感覚がブレていないのがCreepy Nutsらしさです。


🏟 8. 東京ドームですら“通常回”──打ち上げもせず、猫のインスタを上げた夜

東京ドームでライブ…通常回
現地集合で現地解散 打ち上げもしない

東京ドーム公演は、多くのアーティストにとって“キャリアのひとつの頂点”です。 普通なら「節目」「夢の舞台」として特別に演出されてもおかしくない場所。

ところがCreepy Nutsは、2025年2月11日の東京ドームライブのMCでも、“これは節目じゃない。あくまでいつも通り”というスタンスを口にしています。

終演後も派手な打ち上げをすることなく、 DJ松永は本当に“いつも通り”に、飼い猫のインスタを更新していた、というエピソードまである。

歌詞の

現地集合で現地解散 打ち上げもしない

は、単なる比喩ではなく、実際の彼らの行動とリンクしているリアルそのもの。

東京ドームでさえ“通常回”として処理する。

この距離感こそ、「通常回」のコンセプトが嘘じゃないことを証明しています。 どれだけ大きくなっても、自分たちのテンションは変えない。 だからこそ、次のステージも自然体で迎えられるのです。


🔥 9. 「通常回」が教えてくれるもの──日常を積み重ねた先にクライマックスがある

ここまで見てきたように、「通常回」は

  • 音楽との偶然の出会い(牛丼屋の有線)
  • 中学時代からの狂気じみたラップ愛
  • ANN担当期の激務と、その最中の身内の死
  • 友の死とステージの両立
  • 家族の誕生
  • 海外ツアーのドタバタ
  • 東京ドームという象徴的な舞台

といった、Creepy Nutsの人生のハイライトをすべて“通常回”の中に詰め込んだ一曲です。

でも、この曲は「すごいでしょ?」と自慢しているわけではありません。

むしろ、

「どんな日も、どんな出来事も、いつもの自分で引き受ける」
「特別を追い求めるより、通常回を極め続ける」

という生き方の宣言に近い。

だからこそ、「毎日クライマックス最終回みたいな通常回」というラインは、 Creepy Nuts自身の人生だけでなく、

“今日の自分の一日も、誰かにとってはドラマの1話なんだ” と気付かせてくれる力を持っています。


📝 まとめ|“いつも通り”が、一番ドラマチックだ

「通常回」は、Creepy Nutsのキャリアと私生活、その両方を貫くキーワード「いつも通り」を、これ以上ない形で表現した楽曲です。

ANNの激務も、家族の死も、新しい命の誕生も、 台中の夜市も、LAの夕陽も、東京ドームも。

全部まとめて「通常回」

特別を演出しない。 節目だからといってテンションを変えない。 だからこそ、彼らの“今”はこれからも自然体で更新されていく。

この曲を聴くと、 「何もない」と思っていた自分の一日にも、 実はたくさんのクライマックスが潜んでいるような気がしてきます。

“いつも通り”でいることが、一番ドラマチック。 「通常回」は、そんなメッセージを静かに、でも確かに投げかけてくる一曲です。


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📝 引用について

本記事は Creepy Nuts『通常回』(Sony Music Labels)の歌詞および関連する発言・ライブMC等を参考に構成しています。
歌詞・音源の著作権はアーティストおよび関係各社に帰属します。

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