Creepy Nuts「中学22年生」〜10年越しのセルフアンサーが描く、変わらない自分〜

書き下ろしの背景

「中学22年生」は、2025年3月に配信リリースされたCreepy Nutsの楽曲だ。このタイトルは、2016年発表のEP『たりないふたり』に収録された「中学12年生」から約10年越しのセルフアンサーソングとして位置づけられている。「12」から「22」へとタイトルの数字を10増やした上で、当時とは違う視点から同じテーマを歌い直すという構成自体が、この曲の最大の特徴になっている。

「中学12年生」は、中学時代から時間が止まったかのように大人になりきれない自分自身を自虐的かつユーモラスに描いた楽曲だった。当時から10年近くが経ち、Creepy Nutsは国内外で数々の実績を積み重ねる存在へと変貌を遂げている。「中学22年生」は、そうした華々しいキャリアを歩んできた”今”の視点から、あらためて自分たちのルーツを見つめ直す楽曲として制作された。

「中学12年生」がリリースされた2016年から今日に至るまで、Creepy Nutsはインディーズシーンからメジャーシーンへ、さらには国内から海外のフェスへと活動の場を大きく広げてきた。その歩みの分だけ、当時とは比較にならないほどの重圧やプレッシャーも背負うようになっている。「中学22年生」はそうした変化の全てを一度棚卸しした上で、なお変わらずにいる部分を確認するような、いわば10年間の総決算的な性格を持つ楽曲としても捉えることができる。

タイトル「中学22年生」に込められた意味

「中学〇年生」という言葉遊びは、実際にはあり得ない学年を名乗ることで、「大人になりきれない」「精神年齢がずっと変わらない」という自己認識をユーモラスに表現する手法だ。「中学12年生」が”停滞”や”焦り”のニュアンスを帯びていたのに対し、「中学22年生」ではそのニュアンスが反転している。

10年の間に、教科書を投げ捨てて音楽の道を選んだ結果、ビルボードチャートの1位を獲得するまでになったこと、奨学金という名の借金を返済し、実家暮らしから住宅ローンを完済するまでの生活の変化を遂げたことなど、対照的な変化が随所で描かれる。それでいて、根底にある衝動や好奇心そのものは中学生の頃から変わっていない、という感覚がこの曲の核にある。つまり「中学22年生」というタイトルは、”停滞”ではなく”変わらない強さ”を肯定する言葉として再定義されているのだ。

実績を重ねてもなお変わらない自分

この10年でCreepy Nutsが積み上げてきた実績は数多い。UMB(ULTIMATE MC BATTLE)での複数回優勝、DJ松永のDMCでの世界一獲得、台湾・アメリカ・韓国など海外を飛び回るツアー経験――こうした華々しい歩みが曲中で言及される一方で、週末はUSJに出かけるといった、ごく普通の日常を大切にしている一面も同時に描かれている。

このコントラストこそが「中学22年生」というタイトルの本質を体現している。世界的な実績を積み重ねても、根っこの部分にある気持ちは中学生の頃から何も変わっていない。それは幼さの表れではなく、衝動や好奇心を失わずに歩んできたことの証明として描かれている。

また、曲中では誹謗中傷やアンチの存在に対する姿勢にも触れられており、実力で黙らせるという強気な態度と、あくまで穏やかに構えていたいという本音が同居する構成になっている。成功してもなお、他人の評価に振り回されず自分のペースを守り続けるという一貫した姿勢が、この曲全体を貫くテーマだと言えるだろう。

「中学12年生」との対比構造

「中学12年生」から「中学22年生」への変化を並べてみると、単なる続編ではなく、10年間の歩みそのものを一曲に凝縮したセルフドキュメンタリーとしての側面が見えてくる。当時は将来への焦りや停滞感を自虐的に歌っていたのに対し、10年後の今は、変わらない自分自身を肯定的に捉え直している。

この変化は、Creepy Nutsというユニットが辿ってきたキャリアの軌跡そのものと重なる。何者でもなかった頃の不安を歌っていた過去の楽曲群から、実績を重ねた末にたどり着いた現在地までの流れの中に「中学22年生」を置くと、単独の楽曲としてだけでなく、彼らの歩みを振り返る”自画像”としての価値がより際立ってくる。

“自画像ラップ”としての完成度

「中学22年生」を語る上で興味深いのは、この曲が単なる過去曲へのアンサーにとどまらず、Creepy Nutsというユニットそのものの”自画像”として機能している点だ。彼らはこれまでにも、自分自身の過去や現在の心境を赤裸々に描く楽曲を数多く発表してきたが、「中学22年生」はその集大成的な位置づけにあると言える。

新しい楽曲を作ることを”自画像を描くこと”になぞらえるような姿勢は、彼らが音楽制作を単なる仕事としてではなく、常に自分自身の現在地を映し出す行為として捉えていることの表れでもある。売れても、世界的な知名度を得ても、等身大の自分であり続けるという一貫したスタンスは、初期の楽曲から現在に至るまで途切れることなく続いている。

タイトルの数字が持つ意味

「12」から「22」への変化は、単に10年の経過を示すだけでなく、「まだ中学生のままでいる」という状態そのものを積み重ねていくというユーモラスな発想に基づいている。実年齢としては大人になっているにもかかわらず、精神年齢を表す数字だけがカウントされ続けているという構造は、聴き手に思わず笑いを誘いつつも、どこか温かい共感を呼ぶ仕掛けになっている。

もし今後も同じ形式でセルフアンサーソングが作られるとすれば、「中学32年生」のようなタイトルも理論上はあり得ることになる。そう考えると、このタイトルの付け方自体が、Creepy Nutsというユニットの息の長さや、変わらない姿勢を今後も歌い続けていくという一種の宣言のようにも読み取れる。

まとめ

「中学22年生」というタイトルには、

  • 「中学12年生」から10年越しに歌われるセルフアンサーという構造
  • 実績を積み重ねてもなお変わらない衝動や好奇心への肯定
  • 華々しいキャリアと、USJに出かけるような普段の日常の共存

という複数の意味が重なり合っている。10年前の自分に向けて歌い返すという形式を取りながら、Creepy Nutsというユニットの”変わらなさ”そのものを誇りとして描いた一曲だと言えるだろう。

タイトルとURLをコピーしました